東京の片隅で初夏を言祝ぐ

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 明るい日射しにほだされて、乗る山手線外回り、上野まで行くはずなのに、彼の地の賑わいかんがみて、思わず降りたホームには、鶯谷の駅名が、穏やかな風に微笑むか、根岸の里の侘び住まい、決め込むつもりは毛頭も、なき証拠には名も高き、『デン』のアイスを舐めながら、歩く金杉元電車道、小野照さんの富士の山、まだ山開きには遠けれど、猫の気持ちで頂上に、登ったつもりで踵を返し、子育て地蔵に化け地蔵、昭和通りの越したれば、恐れ入谷の街並みが、続く静かな住宅を、鍵の手に折れ金美館、商店街は連休で、寝ぼけ眼のお昼時、旨き煎餅横目で睨み、ふと気が付けば植え込みに、置かれた鉢の桜木が、眩しき緑の葉の陰に、小さき実をば付けにける、あぁ初夏目の前思い知り、向かう鷲竜泉の、神社も熊手が無き時は、思いのほかに茫漠と、半端に広がる境内が、緩き時間を刻みつつ、一葉ゆかりの飛不動、その向こう手に控えしは、新吉原の昼下がり、目にも眩しき店名が、麗々しくも並びたる、特殊浴場ただ中に、七福神の朱印を求め、家族連れやら女子の群れ、普段と違う光景に、呼び込む者も戸惑いし、江戸町京町仲之町、大門跡をちょいと折れ、路地を抜ければ蛇行する、千束通りの口開けに、さて昼飯を喰わねばと、店を探して歩みを進め、そうあの蕎麦屋と目星を付けた、店はしばしの休業中、再開祈りその先の、甘味処でラーメンを、喰えばいきなり大正解、子供時代を彷彿と、させる普通の味付けと、青味に海苔も嬉しくて、鼻歌交じりで言問の、通りを越えてアーケード、ひさご通りに来てみれば、次第に増える人の群れ、大行列の花屋敷、東京見物らしき人、六区も賑わい大きくて、雷門や浅草寺、大混雑を思いつつ、すしや通りの手前を曲がり、今日はここまで『アロマ』まで、知り人もいて花が咲く、話の輪にも笑顔立ち、日々刻々と移りゆく、季節が巡る東京に、居られる幸せ噛み締めて、飲むコーヒーも格別に。

by go-go-shiosenbe | 2011-05-05 00:17 | 拠ん所なく歩く日々

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