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南大塚萬重宝アーカイブ・2004年3月号

*****ミナミオオツカヨロズチョウホウ*****

*******南大塚萬重宝***2004年3月1日号***

ヘッドラインニュース

サンモール大塚にある『魚荘』閉店の件は、前号報告した通りだが、その後、今度は『魚忠』という魚屋に変わった。しかし店構えも品揃えも、これといった変化が確認出来ない。未確認情報だが、置かれているレジも以前と同じ物らしい。『魚荘』と『魚忠』の関係は不明だが、大塚人が魚嫌いではなかったことだけは証明出来たと思われる。

北口商店街にあるブラジル雑貨屋は、多数のビデオも並び、在日の人々御用達の本格派。ここに1個150円のブラジルアイスなるものがある。看板には3種類のテイストが書かれており、曰く「とうもろこし、ゴアイバ、焼きココナッツ」である。どれも想像し難い風味だが、それ以上に試食し難い風味でもある。

南口・巣鴨信用金庫の裏に、『おまもり』という日本酒バーがある。ちょっとした洋風の肴と、各種日本酒を取り揃えている。特に3種の酒がグラスに入って供されるお試しセットが、なかなかにリーズナブル。ただ、ちょっと店内の照明が暗過ぎるきらいもあるが、いかがなものだろう? 

極たまにではあるが、駅前にストリートミュージシャンがいることがある。スタイルは定番、ギターの弾き語り。立ち止まる人も殆どいないのだが、いつも一人だけ女の子が傍らに立っている。妙に説教じみた「人生応援歌」的な歌を歌う彼。もしかしたら自分自身を応援しているのかも知れない。いずれにしろ大塚に来るという一点において、その音楽姿勢に無理があると思う。


大塚車庫前物語

 手元に一冊のミニアルバムがある。表紙には『都電16バン さよなら16番』という文字と路面電車の絵、裏表紙には『昭和46年3月17日』と記されている。大塚と錦糸町を結んでいた16番が大団円を迎えた。これに乗って小学校に通っていた私は、この日、定期券を何度も使って乗り降りを繰り返し、撮った写真を数枚貼り付け、小さなアルバムを作ったのだった。そのアルバムの中に、当時大塚にあった都電の車庫の写真が妙に多く含まれている。よほどここが気になっていたに違いない。
 外壁に煉瓦を使った建物は、子供心にどっしり堂々と見えた。正面玄関の周りだけアーチ状に意匠が施され、薄暗い屋内を覗き込むと、ちょっと恐い空気が淀んでいるようだった。ぼけた写真によると、屋上部分を囲う外壁には、エンブレムのような装飾が窺える。いかにも手作りの「さよならパーティー会場」という看板と紅白の幕が、もの悲しい雰囲気を盛り上げている。
 建物の角に、朱に塗られた電柱が一本。その下部には「大塚車庫前」というホーローの看板、上部には赤地に白抜きの硝子看板があり、夜になると侘びしく点灯する仕掛けになっていた。その点灯袖看板の脇に一枚、運転手専用の確認板が付いていた。そこには、錦糸町、御徒町、うまや、伝通院等と描かれていた。電車が終点大塚駅に着く直前、運転士がこの看板を見上げる。どこかの文字に電気が点く。これで次の行き先を確認し、車両の行く先表示を変える仕組みになっていた。うまやとは、厩橋のことだ。
 私はこの確認板が欲しくて堪らなかった。終点大塚駅のホーロー板よりも欲しかった。煉瓦造りのビルを通り過ぎざま、運転士がこの確認板を見上げる仕草が格好良かったからだろうか? 車庫の中がどうなっていたのかよりも、あの確認板の行く先の方が気になった。
 大塚車庫は都営アパートになった。この前を通ると、ふと煉瓦ビルの隅に立っていた確認板のことを思い出す。


編集後記

この4月、深川で催されるアートイベントに参加することになりました。詳しいことは次号でお話し出来ると思います。大撮影大会なども計画中ですので、現代美術館などへいらっしゃることがありましたら、是非お立ち寄りいただければと思います。


#####ミナミオオツカ・ヨロズチョウホウ#####
     誇張スレドモ嘘ハツカナイ
     
 変酋長・タカノヒロシ AB型 六白金星

###愛ノ町、大塚ノ今日ヲ貴方ニダケ伝エル###


by go-go-shiosenbe | 2018-07-07 15:09 | 南大塚萬重宝

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