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南大塚萬重宝アーカイブ・2004年12月号

*****ミナミオオツカヨロズチョウホウ*****

*******南大塚萬重宝***2004年12月1日号***


ヘッドラインニュース

南口サンモール大塚にあった『平禄寿司』が閉店して暫く空き家になっていた建物に、『紅とん』という焼きとん屋が開店した。どうやらチェーン店らしいが、思いの外の盛況振りを示している。前の店子と違って外にも明るい照明を付け、二階まで店舗にする力の入れようが功を奏しているのかも知れない。斜前にある名店『ゴトウ』の静かな佇まいとは対照的な店作りである。

相変わらず大塚人然として町に溶け込むマギー司郎。先日も折戸通りの『北大塚治療院』からひょいと顔を出した。間近で見ても年齢不詳な人である。しかし同じ年齢不詳大塚芸人の大御所、イエス玉川を最近見かけないのが気になる。冬に向かってジョギング活動を休止したのだろうか? イエス様の店『玉ンない』は営業中なのだが、確認しに行く勇気がない。

南口の広い通りに面した商店街。『カクヤス』の並びにあった乾物屋が店仕舞いし、店内を改装し、綺麗な白いシャッターが付いたきり、そのシャッターが開く様子がない。何か店が出来るのか、お洒落に変身した乾物屋がリニューアルオープンするのか分からない。その先にはまたまた美容院がオープン。大塚の美容院数は、三桁に突入するのではないだろうか?

パステルも真っ青の極上滑らかプリンを格安で売る南口プラタナス通り『228』のショーケースに、大塚ロールというケーキを発見した。あのプリンやシュークリームの味から想像すれば、まぁ美味しいに違いないだろう。最初に目撃した時に買えば良かったのだが、それ以降、タイミングが悪いのか大塚ロールを見ていない。


大塚イオン水物語

 大塚に「日本の名水百選」に選ばれる清水はない。手漕ぎの井戸は何カ所かあるけれど、飲めるものではない。遠い昔、ガン研通りには石神井川から枝分かれした小川が後楽園に向かって流れていたそうだが、そんな面影は微塵も感じさせない。もっとも戦前は三業地として栄え、今も無数の水商売が跋扈することが、水に縁の成れの果て。
 となると界隈随一の大型スーパー、北大塚の『よしや』の無料給水所だ。店で専用ポリタンクを買えば、後は水道水を濾過したイオン水が貰い放題。自然の恵みどころか人工的な加工水だが、タダという魅力に人気は急上昇だ。この無料給水所では、全く愉快な大塚人物ウォッチングが出来るのだ。
 さすがに勝手に自前のペットボトルに水を入れる人々は見かけなくなった。五百円少々の専用タンクなんか買うものか!という生活感溢れる人々だ。仕組みが分からないのか、分からない振りをしているのか、外人さんも見かけたが、今はみんなタンクを持っている。
 最近の流行は、空のタンクを濯ぐ儀式だ。蛇口からイオン水を少し入れ、タンクを振って水を出す。あれは何を意味するのだろう?仮にタンク内が何らかの理由で汚れているとしたら、そんなことで綺麗になる訳がない。だいたい汚れる理由がない。中にはキャップまで濯いでいる人がいる。
 問題は蛇口の脇に置いてある布巾だ。一日中タンクを拭かれ、中には濡れた手を拭く布巾を使わない方が、タンクを濯ぐより安全だと思うのだが、タンク洗い派は布巾愛好家でもあるという不思議。
 行列がないと、2つの蛇口を占領する大胆な人、蛇口をちょっとだけ開いてちょろちょろ水を入れる人、タンクから溢れるまで入れる人、何故かタンクに半分くらいしか入れない人、ご近所の飲み屋さんまでやって来る。
 給水所に子供が多いと「あぁ冬休みかな?」と思い、週末には仕方無さそうにオジサン達が並ぶ。タンクをぶら下げた人を南口で見かけると、そのご苦労に頭が下がると同時に、砂漠のオアシスにやってくる水汲みを思い出す。『よしや』から一番遠い人は、どこから来るんだろう? タンクに発信器を付けたい衝動に駆られる。

編集後記

あれよあれよという間に、12月に突入してしまいました。振り返って、今年大塚で目立ったことを思い出してみますと。マンション建設、消防車救急車のサイレン、自動車を停めて車内を調べるお巡りさん、放置自転車&バイク、道路工事・・・とろくなことはありませんでした。まぁどれもこれも大塚らしいといえば言えますし、大局的には「相変わらず」だったということでしょうか。皆様、良い年の瀬をお迎え下さい。忘年会に大塚、いかがですか?



#####ミナミオオツカ・ヨロズチョウホウ#####
     誇張スレドモ嘘ハツカナイ
     
 変酋長・タカノヒロシ AB型 六白金星

###愛ノ町、大塚ノ今日ヲ貴方ニダケ伝エル###


by go-go-shiosenbe | 2018-07-07 15:25 | 南大塚萬重宝

南大塚萬重宝アーカイブ・2004年11月号

*****ミナミオオツカヨロズチョウホウ*****

*******南大塚萬重宝***2004年11月1日号***


ヘッドラインニュース

遂に南口交番が完成した。駅前が田舎臭い大塚に相応しく、白亜の殿堂である。懸念していたガード寄生方式は採用せず、建物は2メートルほどガードから離れている。竣工記念パーティーが行われた様子はない。そう言えば地鎮祭や建前もしなかったような気がする。従って屋根から餅を撒くこともせず、お巡りさんも新居の喜びを表すこともないのが残念だ。

奥田民生が大塚に住んでいたという情報を知人より貰った。南大塚の銭湯『玉の湯』の常連だったそうだ。演歌歌手が住んでいたというならさもありなんと思うが、この手のアーチストがいたとは、たとえ無名時代だったとしても、ちょっとした驚きである。彼クラスがいたのなら、案外他にも大塚住経験のある歌手がいるかも知れない。まぁ自称歌手は、ドッサリいそうな気がするが・・・

かつての都電車庫の跡地には大きなアパートが建っている。この1階にいる手芸洋品店『フランスヤ』が、閉店することになった。小さな店だが商品は充実していて、そこにいる2人のおじさんは、まさに手芸のオーソリティーであった。買い物に来た人々に、即席教室の如く教える姿を、よく見かけたものだ。この閉店で、大塚に手芸洋品店は無くなった。

居酒屋の名店『串駒』の向かい側に出来た『串駒房』は、串駒流おでん屋である。四角いおでん鍋の前には、時代劇に出てくる占い師のような主人が陣取り、どんな種にも一手間かけて供する料理は、おでんというより汁沢山の煮物の趣がある。通常の種以外にも、セロリやトマト等の野菜も充実。勿論日本酒の品揃えと、客の希望に的確に応える選択眼も冴え渡る。


大塚野生の王国物語

 昼夜の分かち無く行き交う車と、終電に乗り遅れても、3時間も待てば始発が来るというワーカホリックの山手線。見渡しても緑無く、咲き誇るのは風俗店と飲み屋のけばけばしいネオンばかりという、清々しいほど殺伐とした大塚。ここにも野生生物が生息する。
 町の王者はカラスだ。有り余る生ゴミ、しかもマナー無用の場所には、車や人が近づこうとお構いなしに居座っている。犬のように「ワンワン」鳴くもの、「ガーガー」アヒル鳴きするものもいる。中には「カッカッカッカッ」と東野英治郎演ずる水戸黄門の笑い声かと思うように鳴く強者もいる。
 カラスが少ない日はハトが増える。主に南口駅前が縄張りだ。「餌をやらないでください」という看板の真ん前で、おばあさんが大量にパン屑を撒く。広場にいない場合は、頭上を這う電線に数十羽がとまっている。カラスにつつかれるのと、ハトのフン攻撃に遭うのとどちらがましか、一考すべき問題だ。
 ときおり「ギャーギャー」と鳴いて飛び立つのはヒヨドリである。夕暮れ時などには聞きたくない不気味な声だ。その点スズメの鳴き声は可愛げがあるが、以前ヘッドラインで述べた如く、一本の街路樹に鈴なりになって鳴き叫ぶ音量は凄まじいものがある。
 かつては野良猫が沢山いた。『角海老ボクシングジム』の向かいにある駐車場だけでも、十数匹の猫が日向ぼっこをしていたものである。駐車中のボンネットは猫の足跡だらけなんて時代があったが、今は勢力が衰退している。その一方で哺乳類の頂点に君臨するのはネズミだ。10階建てのマンションも平気で登り、ちょっと開けておいた部屋の引き出しをかき回されたという話も聞いている。ケース単位で粘着式ネズミ取りを買う店もあるという。飲食店の町の宿命だろうか?
 トカゲはもう三十年以上見かけないが、木造アパートの外壁にへばりつくヤモリを時折目撃する。この先の野生生物は、昆虫世界に突入せざるを得ない。もっとも野生の欲望剥き出しのオヤジは四六時中発生する大塚である。


編集後記

ヘッドラインでお話ししたフランスヤのある公団アパートに併設されている南大塚ホールでは、豊島区在住芸人さんが出演する落語会が定期的に催されます。当月18日の回は、あの川柳川柳師匠(雑司ヶ谷在住)がトリを勤めます。70歳を越えてなおアナーキーでトリッキーな大酒飲みの師匠と、とある理由で夜明けまでご一緒したことがあります。噺家さん3人と新宿で飲んでいて、深夜2時に師匠が「俺はクッパが食べたい」と言い出して、池袋の怪しい焼き肉屋へ行きました。翌日、二日酔いを微塵にも感じさせない完璧に素面の声で電話がありました。「昨日、帽子を無くしちゃったんだけど、覚えているかなぁ?」そりゃ無理ですよ師匠。そうじゃなくても緊張して明け方を迎えたのに、帽子までは気が付きません。そういえばあの帽子、見つかったのでしょうか?

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by go-go-shiosenbe | 2018-07-07 15:24 | 南大塚萬重宝

南大塚萬重宝アーカイブ・2004年10月号

*****ミナミオオツカヨロズチョウホウ*****

*******南大塚萬重宝***2004年10月1日号***


ヘッドラインニュース

空蝉橋の近くに『ストリーム・ライン』という名の鉄道模型店が出来た。新大塚にも
小さいがその筋では有名な鉄道グッズ屋があり、大塚は鉄道マニアが多い町なのだろ
うか?『ストリーム・ライン』の斜前の公園にはSLが置かれ、新大塚には旧型の都
電が置いてある。きっと大がかりな鉄道愛好者の地下組織が暗躍しているに違いない。

我が豊島区は、駅前放置自転車に税金をかけ、それ鉄道会社から徴収するシステムを
採用する。勿論各鉄道会社は大反対で、法廷闘争に持ち込まれる公算が大きい。大塚
の放置自転車状況については、萬重宝27号で詳しく述べた通り。仮に課税を了承して
も数百台単位収容の駐輪場を作っても、問題は何も解決しまい。放置自転車は、そん
な甘い悪者ではない。

前号で閉店に触れた『ちょいす』の後釜には、『炭焼き処 備長扇屋』が入った。同
じビルの地下と2階にとても安い同系列らしき飲み屋が入っているので、路面店で居
酒屋をするのは至難の業であろう。因みに私の記憶が確かなら、この建物は数十年前、
卓球場があったはずだ。もしかすると卓球場が入っていたのは、一世代前の建物かも
知れない。調査を続行したいと思う。

界隈随一の古刹・天祖神社の祭礼が、先月滞りなく催された。天祖神社の氏子範囲は
意外と広く、そのため御輿の数も少なくはない。宮元の御輿は立派なのだが、中には
子供御輿にしても小振りではないかと思しきサイズのものもある。神社周辺にも露店
が数えるほどしか出ておらず、下帯姿の強面な人が御輿に上り、喧嘩寸前の騒ぎもあっ
た昔の祭礼は、もはや想像することすら難しい。


大塚ヨネクラ物語

 都電荒川線の大塚駅前電停と巣鴨新田電停の間に、かつて銭湯『花の湯』があったことは、26号で詳しく話した。その真向かいに、『ヨネクラジム』というボクシングジムがあった。
 元々その一角は変わった区画になっていた。都電の線路と平行して走る折戸通りから垂直に伸びた道が、数十メートル足らずで、いきなり線路にぶつかる。道は仕方なく左右に泣き別れという運命だ。その泣き別れT字路の右角が『花の湯』、左角が『ヨネクラジム』だった。
 道路の角を正面にして、子供にはやや急な石段が数段。上がった先にはガラス張りのドアと窓。外観は白を基調とした涼やかな建物の周囲には、幅2〜30センチほどの植え込みがあった。窓から覗くと、すぐにリングがあって、周囲には鏡が貼ってあった。今思うと、その広さの見当が全く付かないが、子供心には先ずリング自体が広く感じられた。
 例えばお天気の良い昼下がり。『花の湯』は勿論まだ開店していないが、階上の窓からお兄さんが掃除をしているらしい音が響いてくる。お隣の『八百文』では、日射しを遮るために店一杯に葦簀が立てかけられている。まだガードレールなどなかった軌道内を、6000形の都電が身体を左右に振りながら走っていく。その前にある白いジムの建物で、どんな厳しい練習が繰り広げられていたかなど、子供の私に分かるはずもない。ただ、いたって暢気な風が、この変梃な一角に流れていたことだけは分かる。
 近所の子供は、よくジムの石段に座って遊んでいた。ぽかぽかした日を浴びて、建物の植え込みに生えた数珠玉をむしっては、ポケットにしまい込んだりした。母親がなかなか帰ってこない私の妹を探しに行ったら、この石段でうたた寝する彼女を発見した、なんてこともあった。
 真向かいの『花の湯』の石垣に白いワーゲンが停まっていると、「あっ、柴田国明が来てる」と思った。その頃柴田はジム一番の選手で、ワーゲンのバックミラーに、ミニグローブがぶる下がっていた。
 『ヨネクラジム』はとうの昔に引っ越し、『八百文』も閉店して相当の年月が経った。私達が数珠玉と言っていた植物は、なんだったのだろう?


編集後記

先月号をアップした直後に、喫茶店『M』のご主人から直々にメールを頂戴しました。
『大塚オート三輪物語』の舞台となったお店です。私の聞きかじった話を丁寧に訂正
して下さり、オート三輪のその後も教えてくれました。一台は排ガス規制のために廃
車、もう一台はお茶農家に嫁いでいったということです。ネットサーフィン中に萬重
宝に辿り着いたご主人は、私の軽率な情報に抗議することなく、返って親切にご教授
下さいました。ビックリしましたが、とても嬉しいメールでした。この場を借りて、
改めてお詫びと御礼を申し上げます。ありがとうございました。


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by go-go-shiosenbe | 2018-07-07 15:22 | 南大塚萬重宝

南大塚萬重宝アーカイブ・2004年9月号

*****ミナミオオツカヨロズチョウホウ*****

*******南大塚萬重宝***2004年9月1日号***


ヘッドラインニュース

ガン研通りに、ファミレスのジョナサン経営の居酒屋『ちょいす』がある。この店の真ん前にある街路樹には、夕暮れ時になると大塚中のスズメが集まってくる。その騒がしさは尋常ではない。葉が茂っているので、一体何羽のスズメがいるのか分からないが、この木からあぶれたスズメが隣の木にまで進出するほどだ。

今や大塚随一の祭りと化した阿波踊りは、今年も8月26日に催された。平和電業という電気設備会社の平群(へぐり)さんはずんぐりした体型で、とてつもなく訛っているが、町内の連で三味線を担当する。きっと大塚でもっとも三味線の似合わない人だと思う。しかし数年前に病床に着いたと聞く。その後の案配は知らないのだが、元気に三味線を弾いていることを願うばかりだ。

祭りといえば、突如昨年催された『よさこい祭り』のようなものは、今年も行われるのだろうか? あれは隣の池袋で開催される『ふくろ祭り』の一環だった可能性が高い。普段は違法駐輪で溢れる南口駅前広場が、その大塚会場となった。しかし昨年は大雨だったのである。もう懲りたのか、捲土重来を期しているのか、その推移を見守りたい。

界隈でも老舗の飲み屋で、芸人のご贔屓も多いという焼きトンの名店『富久晴』に、今年のお盆休み中、作業車両が連日止まっていたようだ。店内改装をしたのかも知れない。が、この時期開け放たれた入り口から縄暖簾越しに垣間見た限り、どこかをいじった形跡が認められない。しかし閉店時間が早いため、なかなか偵察に行ける暇がない。確認済みの読者諸氏がいたら、是非教えて頂きたい。


大塚オート三輪物語

 バブル華やかりし頃、山手線沿線屈指の見放された町・大塚も例外ではなく、さすがにその恩恵に与った人がいたようだ。ベンツやBMWは勿論、やたらに車高の低いガルウイングのスーパーカーが路上駐車し、数台のロールスロイスが駅前を行き来していた。しかしそんな成金車の数倍恰好良い車が、界隈を駆け巡っていた。頑強なボディーと、そのイメージを高めるような深緑の彩色。しかも可愛らしい顔を持った昭和の担い手・オート三輪であった。
 大塚駅北口から巣鴨へ向かう抜け道になる坂がある。その坂の入り口がある道は、片側2車線もあるのに、唐突に行き止まる不思議な袋小路で、どうしたかったのか全く分からない。今では盆踊り会場にもなる程のスペースがあるような道である。その途中に『大塚商店』はあった。よくアパートの外壁に使われたコンクリートブロックや、砂利、セメントを売る店だ。そのやたら高さのある車庫兼店舗に、オート三輪が二台も鎮座していたのだ。
 荷台は一人前のトラックサイズなのだが、運転台部分が三角にすぼまっていて、しかも車幅が狭かった。当時でもレアな古さながら、きれいに磨かれたオート三輪が、狭苦しい折戸通りを走る姿は、自動車に詳しくない私でも惚れ惚れする光景だった。しかし次第にオート三輪は町を疾走する姿を見なくなり、車庫に並んでいるばかりになった。そして恰幅の良い、しかもサングラスをした強面のおじさんが、車庫前に立っている。
 いつの間にかオート三輪は、その姿を消し、おじさんも見かけなくなってしまった。そして昨年、その車庫跡に『M』という喫茶店が出来た(萬重宝17号参照)。店内には実車のミニクーパーが置いてある。ふらりと訪れた私がコーヒーを飲んでいると、男性がひとりカウンターに座り、コーヒーを飲み始めた。そう、昔オート三輪の前に立っていた、あのおじさんだった。
 「私の兄です」と、物腰柔らかなマスターが、私の質問に答えてくれた。目が悪くなり、廃業したそうである。あの格好いいオート三輪はどうしたんだろう? 店を出てから、その質問をしそびれたことを、私は思いだした。


編集後記

五輪騒ぎには、正直ついていけないものがありました。周囲は「メダル、メダル」と囃し立て、いざ負けると「戦犯」呼ばわりです。悲壮な覚悟で臨み、銅メダルを取ったのに仏頂面をする選手。叫ぶアナウンサーとレポーターに、がら空きの観客席では、妙に日の丸ばかりが舞っておりました。おちおちニュースも見られず新聞も読めない日々。まぁこの騒動に乗らない私は「非国民」ということで、一件落着。皆さんは、良き日本国民でしたか? それとも非国民でしたか?


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by go-go-shiosenbe | 2018-07-07 15:19 | 南大塚萬重宝

南大塚萬重宝アーカイブ・2004年8月号

*****ミナミオオツカヨロズチョウホウ*****

*******南大塚萬重宝***2004年8月1日号***

ヘッドラインニュース

大塚北口で、最近よくマギー司郎を見かける。普段着で「暑いなぁ」という顔をした時だったり、びしっと決めてタクシー待ち姿だったりするので、どうやらこの界隈に住んでいると思われる。普段着でもスーツ姿でも、彼の柔和な顔は変わらない。テレビから窺える「良い人」な感じは、どうやら事実のようである。

そのマギー司郎がよくタクシーを拾おうとしているのが、超有名店おにぎり『ぼんご』だ。髪の毛真っ白なご主人に比べて、おかみさんは元気一杯だ。背が小さいのだが、それをリカバリーして余りある声の大きさには、いつも圧倒される。自身も可愛い犬を飼っているのだが、店には犬猫の「里親募集」ポスターが、いつも貼ってある。

都電荒川線の向原電停前に、レンタルビデオ屋がある。この店頭に小さなUFOキャッチャーの景品が曲者で、ブランド品やゲーム機、ディズニーランドのペアパスポート等と豪華版なのだ。景品である野球のボールサイズのカプセルが、ほぼ同サイズの蓋のない箱に入っていて、これを掴めばゲットである。一見出来そうなのだが、途方もなく難しい。自信のある人は、いかが?

6月号のヘッドラインで話した、南口駅前交番の新築工事は、粛々と続行中である。見た感じでは、以前より相当大きな建物になりそうな気配だ。しかし今までのようにJR山手線のガードに寄生するのかどうかは分からない。もし従来通りへばりついた建物になるとすると、危惧した通り、貴重な煉瓦をモルタルで塗り込めてしまいそうだ。



大塚平成十六年夏物語

 大塚の夏は暑い。汐留のようにビル林が風を堰き止めているわけではないが、あらゆる熱気が渦巻いている。膨大な数の飲食店が遠慮会釈無く歩道に突き出したエアコンの室外機は、通行人の顔を熱風で舐めあげる。その熱風を避けようとすると、放置自転車にぶつかる。中小オフィスビルに入った様々な事務所を訪れる営業車は、恐怖のアイドリングを続け、車体からは陽炎が立ち上がる。その隙間を必要以上にゆっくり徐行するパトカーが、時折3ナンバーの乗用車を停止させては、車内物色、職務質問を繰り返すのだ。
 微かな救いは、学校が夏休み中のため、何処へ出勤するのだと思いたくなるようなけばけばしい顔をした女子高生や、ドリフターズの相撲コント真っ青に短足化した制服ズボンづり下げ男子生徒を見なくて済むことか。
 飲み屋『日吉丸』は、斜前にあった立ち飲み『秀吉』の見守り空しく閉店した。焼き鳥『リョウマ』は、大塚の夜明けを見ることもなく、「本場大阪鶴橋の味」の焼き肉屋へ転向していった。
 気が付いたら『山下書店』の強面店長の姿が見えない。何となくのんびりムードなのは、『あおい書店』方式への進路変更なのだろうか? 歩道に面した書棚の雑誌も、大塚の暑さに辟易していることだろう。
 天祖神社前のスーパー『田島家』は、小振りながら鮨職人の実演販売や、魚を目の前でさばいたりして、新顔ながら健闘している。その一方で、北口商店街の老舗スーパー『マイフレンド』は倒産。真向かいの八百屋もシャッターが降りっぱなしで、界隈の薄暗さを助長している。
 バー『黒すぐり』、カレー『モアナ』,『ビバーチェ』と相次いで閉店。前者2店は居酒屋、後者は、向かいにある『串駒』の支店になるようだ。
 せっかく吹いた夜風も生臭い大塚。南北を代表する大型スーパーの『よしや』は午後11時、『ライフ』は午前0時に閉店時間を延長し、寝苦しい夏の大塚を応援するのだった。


編集後記

7月17日に決行されたウクレレブラザースのライブに御来場頂きました皆様、この場を借りて厚く御礼申し上げます。お陰様で、『巣鴨歌謡ホール』始まって以来の入場者を記録することが出来ました。内容については、深く追求しないで下さい。
暑い夏が当分続きそうです。町を歩いていると、生命の危機を感じるほどの日射しと熱風の直撃を受けます。もう8月一杯を夏休みにしたいものです。お互い決死の覚悟で、このバカげた季節を乗り切りましょう。


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by go-go-shiosenbe | 2018-07-07 15:17 | 南大塚萬重宝

南大塚萬重宝アーカイブ・2004年7月号

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*******南大塚萬重宝***2004年7月1日号***

ヘッドラインニュース

プラタナス通りにある激安八百屋・丸喜屋の手前に、腰の曲がったお爺さんが営む豆腐屋があった。しかしいつの日か店仕舞いしてし、今は弁当も売る総菜屋になった。豆腐屋の家族がやっているのか、全く別人なのかは分からない。だがもっと謎なのは、店の名前が『旅』だということだ。まぁ、苗字が旅さんだったら仕方ないのだが。

アジアの交差点・大塚にも、ネットカフェやインターネットを時間利用出来るスポットが激増している。しかもその殆どが、看板にハングルか中国語しか書いていない。雑居ビルには、判読不能な言語が踊っている。路面店の場合だと、中の様子が窺えるところもある。薄暗い店内には、モニターを眺める人々の背中が並んでいる。ドアの向こうは、どうやら日本ではないらしい。

何号か前のヘッドラインで、「今年はホワイトホテルにツバメが来ない」と言ったが、訂正せねばならない。長い間工事中であったため、作業車の出入り激しい駐車場の軒下には到底来ないし、確認も出来なかったのだ。だが先日、めでたく工事完了した同ホテルの駐車場から、素晴らしいスピードでツバメが出ていくのを発見した。

今大塚駅周辺の歩道の再舗装(又は再々舗装、もしくは再々々々々・・・)が続いている。与三郎の如くズタズタに切り刻まれてきた歩道の表面を、ブロック状のタイルで隠そうという魂胆。しかしまた何度も掘り返すのに、ブロックなど敷いても何の意味もない。その上、隙間にはゴミが詰まり、あっという間に水はけが悪くなるのだ。大塚への税金投入には、少しだけ頭を使って貰いたい。


大塚放置自転車物語

 JR大塚駅周辺は豊島区の中でも、池袋に次いで放置自転車の多いエリアである。その数は凄まじい勢いで加速し、界隈の広場と歩道を駆逐していく。
 南北のメッカは駅前広場だ。どちらかというと北口主導で増加したように思う。改札を出てた途端、誰もが膨大な数に圧倒されよう。先ず広場の左右にあるポストに、手紙を投函するのが一苦労だ。ポストの前にもビッシリと自転車が並び、リーチが2メートル以上ないと届かない場合もある。ガン研病院を往復する送迎バスの乗り場は、辛うじて人が通れるものの、それはひとえに自分勝手に置かれた自転車を整理するおじさんのお陰。
 一方の南口広場は北口に比べて若干広く、しかも緩い傾斜があるため、やや置きにくい。だがその程度の障害にひるむような素人ではない。こちらは、タクシー乗り場に行くのが大変だ。縦長に止めた自転車を回り込むように歩かねばならないので、車椅子や杖が頼りのお客は、かなりの困難を強いられよう。
 南口の総本山から眺めると、先ず目に付くのがベッカーズ前とローソン前の自転車だ。更に都電荒川線の向原電停に向かう軌道の両側に、蠅取り紙に貼り付く蠅のようにビッシリと並んでいる。南口で一番勇気のある人は、交差点の角にある吉野家付近、ほんの僅かなスペースに駐輪する。目の前は交番。鍵を掛けている最中から、既に歩行者の邪魔になっている凄腕。
 北口総本山から見ると、最悪なのがみずほ銀行前とスーパーよしや前。雨の日は人がすれ違えないのだ。そしてその膨大な自転車はガン研通り、ピンク通り、空蝉橋に至る橋と、四方八方に拡大する。山下書店界隈にはバイクも急増中で、スクーターから限定解除車まで、バイク屋の様相を呈している。
 この大塚駅自転車問題は、既成の微々たる駐輪場では全く解決しない。2〜30階建ての駐輪ビルでも出来ない限り、自転車はねずみ算式に大塚の歩道を占拠し続ける。南北自由通路より、放置自転車対策が先だろう。いや、自由通路もすぐに自転車で埋め尽くされるに違いない。自転車は、大塚一の暴力集団である。


編集後記

しつこいようですが、ウクレレブラザースのライブは7月17日です。『巣鴨歌謡ホール』18:00開場、18:30開演。入場料1000円(ドリンク付き)です。ドリンク付きではありますが持ち込み自由ですので、福々まんじゅうでも塩大福でも、地蔵煎餅でも鯛焼きでも、会場への道すがらで売っている名物をお買いになっても大丈夫です。但し終演後は、全ての商店が閉まっていますので、お気を付け下さい。
ご興味のある方、詳しくお知りになりたい方は、編集部まで御一報下さい。


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by go-go-shiosenbe | 2018-07-07 15:15 | 南大塚萬重宝

南大塚萬重宝アーカイブ・2004年6月号

*****ミナミオオツカヨロズチョウホウ*****

*******南大塚萬重宝***2004年6月1日号***


ヘッドラインニュース

大塚駅前交番の真ん前のスペースに、いきなりプレハブの建物が出現した。ここを仮交番とし、山手線の高架に寄生している現交番が、建て直されるのであろう。潤沢な資金でさぞや立派な建物が出来ようが、願わくば大塚屈指の貴重な歴史的煉瓦を壊さずにしてもらいたいものだ。ついでに公衆トイレも併設されれば、御の字。

ご多分に漏れず大塚のアジサイも、例年になく早々と見頃を迎えてしまった。本来なら梅雨の時期に咲くものを、寒暖及び晴雨の激しい四〜五月の目まぐるしい気候のため、もうそろそろだろうと咲いてしまったのだ。癌研通りも線路端も濃い紫の普通のアジサイが幅を利かせているが、ブックオフ前の植え込みにはガクアジサイが、その背丈を誇っている。

駅のホームにも大きな看板がある質屋『さのや』は、ブランド品買い取りで一躍脚光を浴び、町の質屋といった面影は微塵もない。北口商店街入り口にあったアサヒカメラ撤退の後を受け、道に面して大型液晶テレビをポンと置いただけのイメージショーウインドを作った。しかし実際の店舗が若干分かり難い場所にあるため、界隈の住民は盛んに道を尋ねられ続ける。

南口の鰻屋『大和田』と洋品屋『勉強堂』の間を入ると、飲み屋やバー、スナック、怪しい風俗店等が並ぶ小さな商店街がある。先日この通りにある雑居ビルが火事になり、通りの規模に似合わない数の消防車が押し寄せた。幸い怪我人が出たという話は聞いていない。しかしこの手狭な通りが「大塚銀座」であることについては、いつの日か精査しなくてはならないだろう。


大塚花の湯物語

 荒川線の大塚駅から三ノ輪行きの都電に乗り、最初に大きなカーブを過ぎ、次の電停・巣鴨新田に至る一直線コースに入ったすぐの右側に、『花乃マンション』がある。一階には事務所や飲み屋が入っており、二階には『サウナ花』がある。ここは昔、『花の湯』という銭湯だった。印象では石垣のような外壁があったはずだが、もう何十年も前の話なので、外観も霧の中。
 ここに「やっちゃん」「もっちゃん」兄弟がいた。都電の線路内と両脇の車道の境界にガードレールなどなかった頃、暢気極まりない時代、彼等とよく遊んだ。私より数年年上のもっちゃんと、更に年の離れたやっちゃん。通う学校は違ったが、近所の貴重な男子だったので、自転車で界隈を駈けづり回ったりしていたものだ。
 しかし、もっちゃん・やっちゃんの何が魅惑的かといって、「お風呂屋さんの息子」という境遇に勝る理由はなかった。燃料となる木材が乱暴に積み重なったボイラー室は、穴蔵の雰囲気。住まいの玄関の脇には何故か砂山があり、ここで私達はよくビー玉のコースを作ったものだ。お父さんが飼っていた巨大なシェパードの檻をそ〜っとすり抜けると、隣家との境に立てられたブロック壁が続いてた。この幅10センチ程度の壁の上を、いかに早く走り渡るかなんてこともした。臆病な私は、この壁に立つことも出来なかったが。
 一番の楽しみは、まだ水をはってない昼間の風呂場で遊ぶこと。各自が銀玉鉄砲を携え、男湯vs女湯で戦争ごっこをした。脱衣場の中央にあった木製ロッカーに登ると、男湯と女湯を遮っている壁の向こう側が見えた。駆け回る相手に銀玉を浴びせる。番台をよじ登って敵陣に攻め入ったり、空の浴槽に身を潜めたりと、嬌声を響き渡らせていた。
 『花の湯』が無くなったのは、いつだろう? その頃には大塚も内風呂時代に入っていたということか。その後、もっちゃんにもやっちゃんにも会っていない。もしかすると今も花乃マンションにいるのかも知れないが、きっと顔を見てもお互い分からないだろう。湯船につかっている自分より、銀玉鉄砲片手に場内を走っている思い出が圧倒的な『花の湯』である。


編集後記

山手線各駅の歌を作り続ける色物系ウクレレユニット・ウクレレブラザースが、7月17日、初フルライブを決行します。これまでJR東京駅構内でミニライブを重ねてきましたが、ようやく単独ステージをすることになりました。場所は巣鴨とげ抜き地蔵商店街にある『巣鴨歌謡ホール』。赤い絨毯にミラーボールが回り、壁には演歌歌手のポスターが一杯貼ってある、ステキな空間です。
7月17日、18:00開場、18:30開演。入場料1000円(ドリンク付き)。
ご興味のある方、詳しくお知りになりたい方は、編集部まで御一報下さい。


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by go-go-shiosenbe | 2018-07-07 15:14 | 南大塚萬重宝

南大塚萬重宝アーカイブ・2004年5月号

*****ミナミオオツカヨロズチョウホウ*****

*******南大塚萬重宝***2004年5月1日号***

ヘッドラインニュース

南口『吉野家』の隣、木造モルタルの小体ながら、飲み屋、不動産屋、コインロッカー、床屋と4分割されていた建物が取り壊される。特に『ミツワ不動産』と床屋『カイジマ』は、随分長い店子だったので、風景としては寂しい。それに呼応するが如く、北口の『あおい書店』の隣にあった不動産屋『大塚地産』も取り壊された。しかしその隣を取り壊して出来るというホテルと一体化するかどうかは不明。

大塚駅南口の改札の脇に、花屋が開店した。かなり以前から、ここにはスタンドだけのこじんまりとした喫茶店があった。その後釜に、キオスク経営の花屋が出来たのだ。ガーベラ10本300円、バラ10本500円など、種類は少ないが、どれも格安。一方北口の高架下にある公衆トイレの隣にある花屋は、なかなかの品揃えとお手頃値段が人気で、南北花屋戦争は、これからヒートアップしていくだろう。

例年ツバメが巣を作るラブホテル『ホワイトホテル』の駐車場だが、今年はまだ到来を確認していない。駐車場の一角をベニヤ板で囲って、工事車両が頻繁に出入りしているのを警戒してのことだろうか? 従って大塚の空を飛び交っているのは、相変わらず迷惑なハトとカラスだけ。ツバメも見放す非自然の町ということだろうか?

決死の24時間営業を続ける『山下書店』。店頭に設置されたガチャポンの台数は、一向に減る様子がない。更に正面入口の前にはドリンク剤のケースが置かれ、ドアを入ってすぐの場所には、香水コーナーまでが進出してしまった。次は恐らく店内にカフェブースを設けるに違いない。これに対し『あおい書店』は今のところ静観しているが、途方もない作戦に出て欲しいと願う今日この頃。


大塚ダンス物語

 南口は、『アサノダンススクール』、『アベヒロシダンススクール』、『コダマアボールルームダンススタジオ』、『ダンススタジオ・ジャム』。北口に至っては、『楠潤一郎ダンスアカデミー』、『大塚会館』、『馬場ダンススクール』、『星野隆ジャズバレエ団』、『ライフジャズダンス』、『島ダンススクール』。ぐるっと見回しただけで、これだけのダンス教室やスタジオがひしめいている大塚は、まさに踊る町。
 つたない昔の記憶を辿ってみると、先ず思い出されるのが、大塚駅北口の改札を出たすぐの所にあった、社樹(やしろぎと読むが、社城だったかも知れない)ダンススタジオだ。当時はビルではなく木造の建物に店舗や事務所がはいった二階に、このダンススタジオはあった。その窓から時折踊る様子が、山手線のホームから見下ろせた。子供心にも「何て姿勢の良いお兄さん達だろう」と感心したものだ。
 残念ながら界隈のビル化と共に、このダンススタジオは姿を消した。しかしそれが引き金になったのか、ダンス教室は怒濤の快進撃を始めた。雑居ビルの事務所も、ガラス張りのマック専門パソコン教室も、老舗ラブホテルもそのパワーには勝てず、次々とダンサーが占拠していった。
 その増殖振りには地元の住民もついていけず、「この辺にダンス教室がありませんか?」と道を聞かれても、どこを教えて良いものか、迂闊には答えられない。例えば北口の場合、改札から5分以内のエリアに、殆どの教室がひしめいているのである。そのビルの一階に何があったか、周囲の目印になる物件は何かを尋ねてからでないと、一概に「あそこですよ」とは言えないのだ。
 何故大塚にダンス教室の類が集中してしまったのだろう? それは何故大塚で阿波踊りなのかと同様、回答の糸口すら見いだせない難問である。もしかすると、南口にある三業地と関係があるのかも知れない。少なくとも風俗街との関連よりは濃そうな感じがする。そのうち大塚は、行き交う人々はみな背筋がぴーんと伸び、店から流れるBGMに自然とステップを踏むようなリズミカルな町になる・・・訳がないか・・・


編集後記

防犯上住所氏名は伏せますが、この30年、玄関の鍵を掛けたことがないという人を知っています。我が家も、ドアが開けっ放しでも泥棒は入るまいと思うような風情ではありますが、やはり最低限の戸締まりくらいはしますよ。でもこのお宅は、そんな心配もどこ吹く風。空き巣の多い大塚にあって、近頃勇気のあるニュースではありませんか?



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by go-go-shiosenbe | 2018-07-07 15:12 | 南大塚萬重宝

南大塚萬重宝アーカイブ・2004年4月号

*****ミナミオオツカヨロズチョウホウ*****

*******南大塚萬重宝***2004年4月1日号***


ヘッドラインニュース

 大塚もご多分に漏れず、例年より早く桜が満開になった。北口ピンク通りの桜並木は風俗街に面しているものの、駅前のため北大塚の住人には有名だ。しかし南口の巣鴨信用金庫を挟んだ両側の道の桜並木は、ピンク通りに負けない鮮やかさである。花盛りの時期も良いのだが、KKベストセラーズ本社あたりの風に舞う花びらの美しさは、一層興をそそる

狭いけれど老舗の打ちっ放し、山手ゴルフ場の斜前にある『菅原神社』は、本殿の新築工事のため、現在は境内に立ち入りが出来ない。しかし境内を通らなくては自宅に入れない人は、どこから入るのだろう? 向かいのゴルフ場に呼応すべく、まだ骨組みだけのとっても可愛らしい本殿が出現し、銅葺きの屋根が日の光に輝いている。

都電荒川線・巣鴨新田電停の少し手前に踏切がある。線路の向こう側は東京電力の敷地のため以前は東電専用だったが、一般歩行者も通れる踏切になった。ここを渡ってテニスコート脇の細道を行くと、折戸通りまで抜けられるようになったのだ。この辺はアパートや住宅が密集し、緊急時に避難出来る道がないためだろう。因みに東電の敷地を出て最初にあるアパートの入り口には、手こぎ井戸がある。

萬重宝でもお馴染みのスターフルーツ。ここで一番元気なお兄ちゃんが、3月一杯で折戸通りの店を離れ、駒込の霜降銀座にある本店に異動してしまった。店頭で果物を担当し、いつでもむちゃくちゃ愛想が良く、「よしっ、800円でいいや!」と景気よく端数を切り捨てるきっぷの良さで、界隈のおばちゃん達に好かれたお兄ちゃん。霜降銀座でもカリスマ店員になること請け合いだ。


大塚東福寺物語

大塚で神社といえば天祖神社であるように、寺というえば東福寺ということになっている。南大塚の住人の投票所にもなる巣鴨小学校の裏ッ手に、観光山東福寺はある。この界隈は千石巣鴨に向かって急勾配になっており、その山を切り崩して作ったのがこの寺。元々小石川にあったのを、元禄時代に大塚に持って来てしまったという。そんなに歴史の古いものが、大塚にあるわけがないと思ったら、案の定文京区からの頂き物。「大塚」の地名も文京区からの頂き物。頂きますものは、何でも頂く大塚だ。
 山門の石段脇に、いきなり『疫牛供養塔』がで〜んと控えている。牛乳搾取業巣鴨支部が明治43年に建立したものだ。大塚には牧場が沢山あったという話が、ここで立証される仕組み。「搾取業」という謙虚なネーミングに好感が持てる。肉も乳も牛から勝手に頂戴していることを、この際思い知るべきであろう。
 標準的な本堂、巣鴨総鎮守の神様を祀るお堂、その奥に墓地が広がっている。いかにも山を削ったという感じの崖、その向こうに一般住宅が軒を連ねる。馬頭観音が集まった通路を横目に、一本の大木がある方に向かうと、その根元辺りに遅塚家の墓がある。その中に、不動明王が描かれた鎧兜を身につけた武士が腰をおろす姿を刻んだ石碑がある。遅塚九二八という名の侍らしい。何者かは不明だが、その立派な装束から察するところ、身分は低からぬ気がする。
 本堂を挟んで墓地の反対側の境内に、日本文化会館があるが、ここも謎である。名前は大きいが、その割にこじんまりとした建物だ。この2階に、週に2日だけ開く東福寺児童図書館がある。絵本と子供向けの読み物がさっぱりと並ぶ、静かなスポットだ。
 椋鳩十、坪田譲二等といった懐かしい名前が、目に飛び込んでくる。かと思えば、東西五月社刊、吉川英治文庫の『左近右近』昭和35年初版本もさりげなく並ぶ。「あとがき」ではなく「あきとが」という笑える誤植のあるレア物だ。その閲覧室の奥には、愛澤和夫(って誰?)記念文庫と書かれた部屋があり、扉の隅から少なくはなさそうな蔵書が見えている。
 境内にある別の石段脇には二宮金次郎といい、前後左右も判別不能の彫刻といい、どこまでも謎に満ちた観光山東福寺である。

編集後記

先月号でお伝えした深川のアートイベントの続報です。イベントの正式名称は『第4回 花みずき 街角誰でもアーティスト』です。私の路上ペンギン写真が十数点、資料館通りの店舗に展示される予定です。期間は4月19日〜29日。また24日には、銀の輔ツーショット写真大会を催す予定です。仔細はHPをご覧下さい。
http://www014.upp.so-net.ne.jp/HOBO/
よろしくお願い致します。


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by go-go-shiosenbe | 2018-07-07 15:11 | 南大塚萬重宝

南大塚萬重宝アーカイブ・2004年3月号

*****ミナミオオツカヨロズチョウホウ*****

*******南大塚萬重宝***2004年3月1日号***

ヘッドラインニュース

サンモール大塚にある『魚荘』閉店の件は、前号報告した通りだが、その後、今度は『魚忠』という魚屋に変わった。しかし店構えも品揃えも、これといった変化が確認出来ない。未確認情報だが、置かれているレジも以前と同じ物らしい。『魚荘』と『魚忠』の関係は不明だが、大塚人が魚嫌いではなかったことだけは証明出来たと思われる。

北口商店街にあるブラジル雑貨屋は、多数のビデオも並び、在日の人々御用達の本格派。ここに1個150円のブラジルアイスなるものがある。看板には3種類のテイストが書かれており、曰く「とうもろこし、ゴアイバ、焼きココナッツ」である。どれも想像し難い風味だが、それ以上に試食し難い風味でもある。

南口・巣鴨信用金庫の裏に、『おまもり』という日本酒バーがある。ちょっとした洋風の肴と、各種日本酒を取り揃えている。特に3種の酒がグラスに入って供されるお試しセットが、なかなかにリーズナブル。ただ、ちょっと店内の照明が暗過ぎるきらいもあるが、いかがなものだろう? 

極たまにではあるが、駅前にストリートミュージシャンがいることがある。スタイルは定番、ギターの弾き語り。立ち止まる人も殆どいないのだが、いつも一人だけ女の子が傍らに立っている。妙に説教じみた「人生応援歌」的な歌を歌う彼。もしかしたら自分自身を応援しているのかも知れない。いずれにしろ大塚に来るという一点において、その音楽姿勢に無理があると思う。


大塚車庫前物語

 手元に一冊のミニアルバムがある。表紙には『都電16バン さよなら16番』という文字と路面電車の絵、裏表紙には『昭和46年3月17日』と記されている。大塚と錦糸町を結んでいた16番が大団円を迎えた。これに乗って小学校に通っていた私は、この日、定期券を何度も使って乗り降りを繰り返し、撮った写真を数枚貼り付け、小さなアルバムを作ったのだった。そのアルバムの中に、当時大塚にあった都電の車庫の写真が妙に多く含まれている。よほどここが気になっていたに違いない。
 外壁に煉瓦を使った建物は、子供心にどっしり堂々と見えた。正面玄関の周りだけアーチ状に意匠が施され、薄暗い屋内を覗き込むと、ちょっと恐い空気が淀んでいるようだった。ぼけた写真によると、屋上部分を囲う外壁には、エンブレムのような装飾が窺える。いかにも手作りの「さよならパーティー会場」という看板と紅白の幕が、もの悲しい雰囲気を盛り上げている。
 建物の角に、朱に塗られた電柱が一本。その下部には「大塚車庫前」というホーローの看板、上部には赤地に白抜きの硝子看板があり、夜になると侘びしく点灯する仕掛けになっていた。その点灯袖看板の脇に一枚、運転手専用の確認板が付いていた。そこには、錦糸町、御徒町、うまや、伝通院等と描かれていた。電車が終点大塚駅に着く直前、運転士がこの看板を見上げる。どこかの文字に電気が点く。これで次の行き先を確認し、車両の行く先表示を変える仕組みになっていた。うまやとは、厩橋のことだ。
 私はこの確認板が欲しくて堪らなかった。終点大塚駅のホーロー板よりも欲しかった。煉瓦造りのビルを通り過ぎざま、運転士がこの確認板を見上げる仕草が格好良かったからだろうか? 車庫の中がどうなっていたのかよりも、あの確認板の行く先の方が気になった。
 大塚車庫は都営アパートになった。この前を通ると、ふと煉瓦ビルの隅に立っていた確認板のことを思い出す。


編集後記

この4月、深川で催されるアートイベントに参加することになりました。詳しいことは次号でお話し出来ると思います。大撮影大会なども計画中ですので、現代美術館などへいらっしゃることがありましたら、是非お立ち寄りいただければと思います。


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by go-go-shiosenbe | 2018-07-07 15:09 | 南大塚萬重宝